スージークーパーのある暮らし

Gallery Miko-Nonno ネットショップはスージークーパーの商品をたくさん扱っています。スージークーパーに魅せられてショップを立ち上げたといってもいいかもしれません。

スージークーパーはイギリスの陶器デザイナーであり、女性起業家でもあり、経営者でした。

彼女は1902年10月29日にイギリス、ロンドンの北に位置するストーク・オン・トレントに生まれました。地元の名士の家庭で7人兄弟の末っ子として、裕福な暮らしをしていました。

1次世界大戦も終わった1918年に美術学校に通いだし、そこで才能を開花しました。このきっかけが将来のデザイナーにつながることとなります。当初、彼女は陶芸デザイナーではなく、ファッションデザイナーを目指していました。

最初に仕事に就いたのが、グレイ社のペインター(絵付師)。ここで才能を見出され、またファッションへの情熱が失せたこともあって、グレイ社の陶芸デザイナーとして抜擢されました。

彼女は陶芸デザイナーとして仕事に励みますが、彼女が描く植物をモチーフとした絵柄が、このころのアールヌーボーからアールデコに移り行く波にマッチし人気が上がっていきます。また、ジャポニズムにも影響を受け、彼女のスタイルが出来上がっていきました。

しかし、彼女はデザインだけでなく自分の陶器を作りたいとい思いもあり27歳の時にグレー社を退社し、自分の陶器製造会社を立ち上げました。当時は世界恐慌の荒が吹き荒れており、この時代に起業した彼女はとても強い女性でした。

しかし、彼女の情熱は高品質の製品を生み出し、そのデザインや芸術性は高い評判を得ました。

1930年代にはスージークーパーのティーカップは人気商品となり、おなじみのバックスタンプも入るようになりました。人気の「ノーズゲイ」や「ドレスデンスプレイ」を生み出したのもこの頃です。1938年には有名な「パトリシアローズ」も発表されています。

その後、スージークーパーはボーンチャイナ・磁器に方向性を見出し、「ジェイソン」を買収しました。

彼女も結婚・出産を経験し、年を重ねることにより、営業最前線から経営者としての側面が強くなっていきました。その後、彼女の会社はウエッジウッドに属することとなり、スージークーパーはウエッジウッドのデザイナー・プロデューサーとして活躍しました。その後もヒット作品を数多く生み出し活躍しましたが、夫の死や老齢となったこともあり、会社を閉じ田舎に引っ越しました。

そんなころ、スージークーパーの人気が復活した「スージークーパー大回顧展」がロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で開催されました。

彼女の情熱と完璧主義が、20世紀を代表する陶器デザイナー。また女性経営者としての名声につながりました。そんな歴史あるスージークーパーの作品は、これからも評判が価値を上げていくことでしょう。

スージークーパーの陶器はGallery Miko-Nonno ネットショップおよびMiko-Nonno ヤフー店でお買い求めになれます。